

この度は、私ども、有吉太郎商店のホームページまでお越し頂きまして、
ありがとうございます。
社員一同、心より、お礼申し上げます。
弊社は、創業して、六十年ほどになります。
先代の有吉太郎(写真右)が、戦後の焼け野原だった下関市唐戸町で、当時珍しかった落花生を煎っては、売るという商売を始めたことが、原点となります。
太郎は、もともと愛媛県の周桑郡小松という山間の生まれ。10人兄弟で、兄を慕って、まだ幼い頃、西の経済の中心地だった下関に丁稚奉公で米問屋に勤めます。戦争を体験し、中国に渡りつつも、無事帰国。中国で覚えた落花生の煎り方を、当時、大陸との貿易が盛んで、手に入りやすかった下関で、煎り落花生を売る商売を始めます。
それが、「有吉太郎商店」の起源となります。
そして、物心ついた長男の「有吉洋」(現代表取締役)は、自転車で10分程度の自宅兼工場から、落花生を煎っては、唐戸町でリンゴ箱で売っている母親に届けるという毎日。
そんな頃から、もう、50年。
太郎の子供は、5人。男3人は、様々な経験を経て、それぞれの得意分野をもって、実家へと帰ります。営業、製造、管理の役割を持ち、コツコツと頑張り、少しずつ、少しずつ今のように、多くの方々に食べて頂けるようになりました。
唐戸町は、山陽道の起点、九州への渡船の港がありと交通の拠点、そして源平壇ノ浦の戦い、日清講和条約といった歴史に何度も登場する下関の中心でもあります。
そんな海峡と歴史の街で始まった豆菓子屋も今では、こうして全国の方に味わって頂けるようになりました。
この四半世紀の間に、煎り落花生だけだった商品も、焼き物、揚げ物、煮物、蚕豆、大豆、冬場には甘納豆と幅広くなり、より皆様と「美味しいの笑顔」を共有できるメーカーとして、少しずつ、前進しております。
この「お客様の美味しいの笑顔」の共有は、私どもの理念でもあります。美味しいものを食べると、幸せ感でいっぱいになるものです。そして、自然と笑顔になり、それを家族や友人と一緒に味わいたくなることがよくあります。
そんな人と人の接着剤になるような豆菓子。夢や理想のようですが、豆菓子は、いいことに粒がたくさん入っているため、分けやすいのもまた利点。そんな豆菓子を通して、幸せ感や人のつながりやぬくもりも提供できたらと、日々つくっております。
本州の西の端の小さな豆菓子屋ですが、お客様のちょっとした幸せ感に貢献できたら幸いでございます。
製造責任者「有吉政勝」の四十五年の職人としての技術、徹底した「有吉辰雄」の品質管理を通して、なんとも手が止まらない味わい、更に、いつまでも口に残る心地よい旨みをつくりだしております。
60年に渡る、豆菓子を作ってきた歴史と誇り、そして、皆様に食べて頂ける感謝を忘れず、お届けできることを喜びとして、これからもずっと研鑽に努めてまいります。
最後になりましたが、お客様の今後の健康とご活躍をお祈りいたしまして、最後まで読んで頂きました、お礼とさせていただきます。
ご利用いただく際にお客様からのご質問の多い、必要な情報をまとめました。
こちらを参考に、スムーズなお買い物をお楽しみください。











