結構、手で作っています
煎ったり揚げたりは多少は機械は使いますが、肝となるところは全て手作業で行っています。
真夏などは釜のそばは40度を越えることも・・・。
その前の工程でも手よりで、痛んだ豆を省きます。
素材の味を生かした昔ながらの豆菓子の製造。
味の加減は四十五年頑固職人のあんばいで決まります。
天候や気温、水温、湿度などで日々異なりますので、それに合わせて経験とカンで調整していくのです。
大量生産ではないだけに、こだわりも半端ではありません。
私が釜から出そうとすると、それを見た四十五年職人は、
「あと10秒だな」
と秒単位で指示します。
恐ろしい話ですが、それほど、長年の感でつくっています。
データももちろん大切にしますが、毎年、毎年様子の違う原料には、長年の勘はとても重要な要素です。
常に安定した味わいは、そこから生まれます。
そんな豆菓子屋も、昔は下関だけでも5軒はあったと聞きますが、今では、山口県で2軒。
全国的にもどんどん数は減っています。
原因は当然、大量生産で大量のサービス品の出回りでしょうか。
いやいや・・・それもあるかもしれませんが、他にも美味しいものがたくさんあるということ。ケーキにプリン、ヨーグルトにスナック菓子。時代は、やわらかいものがとても好みのようです。
そんな中でも少々硬い豆菓子。
苦労は耐えませんが、少しずつ変化も作っています。
有吉太郎商店(豆のありよし)では、こんな取り決めになっています。
6対4もしくは、7対3。
これは、古いものを6もしくは、7残し、新しいものに、4もしくは3の割合で考えていこう、というものです。
この考えは、親の世代と私の世代のぶつかり合いの中ででてきたものです。何となく、この割合をお互いに気にしながら、考え、つくっていくと、それなりに進んでいくものです。
ということで、うちの豆は、不易流行の感覚で進んでいること。
少しずつですが、新しい風が入ってきていることを、皆様にお知らせして、本日は、終了としますね。

豆菓子職人の息子です。太郎は祖父。今のつくり手は太郎の息子の私の父。つくり始めて45年。話ベタで、とにかく頑固。手順を変えると無茶苦茶怒られます。オンライン支店は、そんな頑固職人こだわりの豆菓子を取り扱いします。
